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琥珀色に染まるとき
第5章 雨音に誘われて

 男とは一席分しか離れていないし、なにしろこの静かな空間だ。近くに座る客の会話など望まずとも耳に入ってくる。
 西嶋の噂については佐伯も妙なことを言っていた。泥沼、と。
 いけないと自覚しつつも、淡々と話し続ける男の声に神経を集中させる。

「最近はゲイ疑惑か。きっとどこかの可哀想な女が、君を落とせなかった腹いせに流しているんだろう。まあ、たしかにそう見えなくもないがね」

 涼子は、グラスを口元に運ぼうとしていた手を止め、西嶋へ疑念の視線を送った。目が合うと、彼は片眉を上げてとぼけたような表情を見せたあと、優しく微笑む。

「ただの噂だよ」
「私は、別に」
「気にしてない?」
「…………」

 私には関係ありませんから、と言おうとしたが、実際には声にならなかった。

「なあ、お嬢さん」

 西嶋の視線を追ってこちらを向いた男は、なぜか目を輝かせている。

「さっきから気になっていたんだが、君はマスターの恋人かな」
「い、いえ、違います」
「そうかい? マスターがめずらしく落ち着かない様子だから、どうしたのかと思って見ていたんだ。そうしたら、君のことを気にしているようだった。私みたいな悪いオジサンにたぶらかされちゃ困るからな」

 否定した涼子をよそに、男はそう言って目尻に深いしわを作った。そして難解な事件でも推理するかのように、重みのある静かな声で続ける。

「マスターは、女性客には必ず敬語で話しかけるんだよ。だが、君には違う。これがなにを意味するかわかるかい」
「え、あの……」
「タツさん。あまりからかわないでくださいね」

 西嶋が困ったような笑みを浮かべて助け舟を出してくれたが、タツと呼ばれるその男は咎められても気にしていないようで、愉しげに口の端をつり上げた。

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