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琥珀色に染まるとき
第5章 雨音に誘われて

客の話に相づちをうつ西嶋の、上品な笑い声が聞こえてくる。ついさきほどまで唇の上で響いていたその低音が耳に届くたび、心臓の音がうるさくなる。
手にしたグラスを揺らすと、中の黄金色が煌めき、芳香が漂った。加水することによって強いアルコールに閉じこめられていた香りが開き、違った表情を見せてくれるカリラ――そのフレッシュで甘い香りに酔いながら、今の自分のようだ、と涼子は思った。
体内に秘めた濃度の高い官能的な香りは、西嶋の揺さぶりによって目に見えない煙と化し、ゆらゆらと上昇していった。それを吸い上げた彼は、その中にある欲望の匂いを探り出し、味わった。
口づけの瞬間の熱いまなざしを思い出すと、下腹の奥が疼痛を覚えた。
腕時計は九時半を指し示している。一杯だけの注文で申し訳ないが、そろそろ帰ろうと涼子は決心した。西嶋になら涙の理由を話せる気もするが、今の精神状態では平常心で語るどころか取り乱してしまいかねない。
しかし、その決心を揺るがす言葉が耳に入ってきた。
「マスターも大変だな。妙な噂に振り回されて」
西嶋に向かってそう言ったのは、一つ席をあけた右隣にいる五十代ほどの中年男性だ。オーダーするとき、“いつもの”と言っていたから、おそらくここの常連だろう。高級そうなスーツに身を包み、手にしたロックグラスをからりと鳴らす姿が渋い。
氷入りのグラスにウイスキーを注ぐ、オン・ザ・ロックという飲み方は、シングルモルト好きの涼子はほとんどしない。酒が冷えて香りがわかりにくくなるという理由からだ。しかし、当然ながらオン・ザ・ロックに適した銘柄も多く、パンチの強いバーボンウイスキーがそれに当たる。男が飲んでいるワイルドターキーはその一つで、まさに彼にふさわしいウイスキーだといえる。

