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紅蓮の月~ゆめや~
第3章 紅蓮の月 二
帰蝶の耳に道三の低いだみ声が蘇った。
―良いか、うつけを殺せ。
帰蝶の乗った輿がいよいよ出立しようとする間際、花嫁行列を見送りに出た父がたったひと言、帰蝶の耳許で囁いた言葉。その時、腕組みをして立つ道三の表情はどこか哀しげだった。その顔は、掌中の玉と愛でる姫を敵地へと嫁がせる父親のものに他ならなかった。
だが、帰蝶は父のその顔が芝居だと知っている。信長だけではない、流石に「美濃のマムシ」と呼ばれるごとく、道三もまた一流の役者であった。嫁いでゆく娘の前で、道三は一世一代の大芝居を打ったのだ。いかにも別れを哀しみ娘の幸せを祈るようなそぶりを見せながら、道三は娘の耳に毒の言葉を注ぎ込んだ。
―信長を殺せ。
と。
―良いか、うつけを殺せ。
帰蝶の乗った輿がいよいよ出立しようとする間際、花嫁行列を見送りに出た父がたったひと言、帰蝶の耳許で囁いた言葉。その時、腕組みをして立つ道三の表情はどこか哀しげだった。その顔は、掌中の玉と愛でる姫を敵地へと嫁がせる父親のものに他ならなかった。
だが、帰蝶は父のその顔が芝居だと知っている。信長だけではない、流石に「美濃のマムシ」と呼ばれるごとく、道三もまた一流の役者であった。嫁いでゆく娘の前で、道三は一世一代の大芝居を打ったのだ。いかにも別れを哀しみ娘の幸せを祈るようなそぶりを見せながら、道三は娘の耳に毒の言葉を注ぎ込んだ。
―信長を殺せ。
と。