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ブルジョアの愛人
第11章 木曜の雨に酔えば

勘定を済ませ、店を出たのは十一時過ぎだった。

大体仕事が長引いた日の帰宅時間である。別に妻だって浩晃の分の夕食など用意していないのだから、何時に帰ろうが関係ないのだが。

湿った風は久しぶりに涼しく、浩晃はタクシープールへ向かう歩みを少し緩めた。夜風で酔いをさますのもなかなか良いものだ。

平日だというのにカップルの影がもぞもぞ蠢く公園を通りすぎたとき、莉菜から電話が掛かってきた。

「浩晃さん…?」

いつもと同様、莉菜の声は遠慮がちだ。小さな声までくすぐったくて耳に心地いい。

「体調、少しは良くなった?」

「うん…あのね、浩晃さんに言わなきゃいけないことがあって」

いつもに増して歯切れの悪い喋り方である。だが浩晃は苛立ったりしない。

「言ってごらん」

息を整えたのだろう。次の言葉までにひと呼吸あった。

「もうお別れしたいの」

浩晃は後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。酔っているから痛覚は大分麻痺しているはずなのだが。しかし数秒後には、浩晃の口元に微笑が浮かんでいた。
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