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ブルジョアの愛人
第13章 梅雨冷えとカーディガン
「どうかした?」
声を掛けると、樹里はプリントを大事そうに胸に抱いて俯いたまま大塚の横を通り過ぎて行った。
「小宮山先生、これありがとうございました…」
「はい。必要だったらまた言ってね」
肩を縮めてとぼとぼと歩くその姿は、樹里から何かがすっぽり抜け落ちたようである。しかしその"何か"が何なのかは分からない。きっと自信や傲慢さ、優越感など、社会的欲求を満たしていたものだとは思うが。
申し訳程度に、失礼しました、と頭を下げて出て行った彼女を、大塚は異物でも見るような眼差しで見つめていた。姿が見えなくなっても、樹里が消えて行った方を見据えていた。
ハッと我に返ると、入れ替わるように、煮えたぎるようにふつふつと怒りが沸き上がってきた。
教え子にドキドキしてしまったことがバレたから仕方なく付き合ってやったのに。樹里がクラスでの権力を失い、あのことをばらされたってもう大したことにはならなくなっても、可哀想だから今も付き合ってやってるのに。
我慢できなくなり、鼻息荒く職員室を出、更衣室で寺内に触られた肩を掻きむしった。掻きむしり過ぎて赤くなるどころか出血してしまった。自らの身体から流れ出した赤いそれを見ると、急に虚しくなった。