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ブルジョアの愛人
第16章 危険な三分割

「おはようございます」

珍しく全て記入された宿題プリント、その他提出物を大塚の机に置く。声をかけても大塚は反応しない。一番前の席の子と、昨夜の激しい雨がどうのこうのと樹里がこちらへ来る頃を見計らって雑談を始めたためである。

樹里を一瞥し、ああ、と冷たくても返事をしてくれたらどんなに嬉しいだろう。しかし、教師にまで――それも想いを寄せる教師に――まるで存在しないように無視されることがどれほど辛いか、いじめとは無縁の温室で育った大塚には分かるはずもない。

聞こえるように悪口を言われるぐらいなら、無視された方がよっぽどマシ、と思えるのは、相手が憎たらしいクラスメイトだからだ。陰口を叩かれるのは怖いが、大塚にだけは無視されたくない。どんな形でもいいから、ちゃんと存在を認めて欲しい。

樹里の地位はぐっと下がってしまったから、もう大塚の弱みをダシに言いなりにすることはできない。そんなことは分かっている。だが、また「相談がある」と言えば、二人きりの時間を作ってくれるだろうか。

いや、大塚は生徒の気持ちを聞くのが仕事なのだ。断れるはずがない。

「独りごと言う人って、寂しがり屋らしいよ」

「そりゃ、"ぼっち"だから寂しいわな」

愛海や玲愛の蔑む声は、また樹里の心臓を少しすぼめた。
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