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ブルジョアの愛人
第19章 絆創膏をくれた人
警察へ行けば飯尾が逮捕されることは分かっていた。だが、自分の過ちを知られるのが怖かった。
大塚に。
両親に知られるのももちろん怖い。しかしそれ以上に、なぜか大塚に知られるのが怖いと思った。
だから自宅からガラス製の灰皿を持ち出し――
「殺そうと思ったのは…最後に逢った日の、前の日でした…」
「一度も冷静になれなかった?」
樹里はおもむろに頷く。刑事は細く息を吐いた。
「今思うと、殺す前に、警察に行けば…」
「そのぐらい思いつめてたと」
樹里、頷く。
「確かに怖かったね。でも考えてごらん。飯尾はまだ二十七だった。あんな畜生でもこれから結婚して、大切な人が増えたかもしれない」
樹里はしゃくり上げながら袖で目もとを覆った。樹里の息が整うのを待ってから刑事は続ける。
「君はまだ十一歳だ。少年法は…知らないかな。十四歳未満なら、何をしても刑事責任は問われないんだよ。もちろん殺人をしても、だ」
知っていた。殺人を思い立ったとき、インターネットで念入りに調べたのだ。刑事責任は問われない代わりに保護施設へ送られる、というところまで。
それなら、という気持ちもあった。いや、正直に言うと大きかった。
だが今こうして刑事と向き合っていると、飯尾が家庭を築き、幸せそうに子どもを抱き上げている場面なんかを思い浮かべてしまう。