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ブルジョアの愛人
第20章 どこへも行かないで
食欲はなかったが、夕食は摂った。これ以上祖父に心配をかけてはいけないと思ったのだ。
夕食時はいつもテレビを消すのが小林家の決まりである。いつもなら祖父が莉菜に話しかけてくれたり、自分から仕事のことを聞かせてくれたりと、お世辞にも賑やかとはいえなくてもそれなりに楽しい時間を過ごしていた。
だが、こんなに気まずい空気の食卓は初めてだ。莉菜が髪を切られて帰って来た日でさえ、祖父はぽつりぽつりと話しかけてくれたのに。
小ぶりの茶碗に握りこぶしひとつ分ほど盛られた米を豆腐の味噌汁で流し込んだほかは、酢豚を少しつついた程度。それでもう限界だった。
もういいの、それでお腹いっぱいになったの、と必ず言う祖母も、今日はだんまりだった。
ごちそうさまでした、と腰を上げようとしたとき、祖父が莉菜を呼んだ。
「茶碗を下げたら来なさい」
浩晃のことだ。莉菜は顔をしかめた。