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ブルジョアの愛人
第20章 どこへも行かないで
「寂しかったよな」
祖父はがっくりとうなだれた。六十五歳にしては寂しい頭で残り僅かな白髪が揺れる。祖母は怒ったように大きな音をたてて席を立った。
「昨夜はひどいこと言ったかもしれないけどな、あれが本心だったりするんだよなぁ…」
いつの間にか祖父の手には日本酒のグラスが握られていた。
「クラスでうまくいかなくて、家でも寂しくて、大人の男に甘えたくなる気持ちは否定しないけどなぁ…それを許しちゃいけないんだよ。分かるか?」
分かる。子を持つ親としてではなく、ひとりの男性として祖父は話しているのだ。
「お前、相手に家庭があることは分かってたわけだ。なら…好きなら…相手が被る迷惑とか考えて、お前から身を引くべきだったと思うんだがな。いや、泣かなくていいんだ。ほら」
祖父はティッシュを箱ごと莉菜に渡した。涙を拭き、鼻をかむ。そうしている間も、祖父は次話すことを頭の中で考えているようだった。
「人を好きになるなって言ってるわけじゃないってのは分かるよな。妻子持ちを好きになるなとも言わない。でも不倫はするな。そんなの誰も幸せにならないから」
話しているうちに、いつもの歯切れの良さを取り戻していた。涙はすぐに止んだ。ろくに水分を摂っていないせいだろう。