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ブルジョアの愛人
第23章 幸せは彼へのお礼
長い長いその手紙は、莉菜へ、で始まっていた。ひどく右上がりなくせ字だった。
『莉菜へ
意地の悪いおばあちゃんはもうすぐ死にます。投薬治療はしません。無駄な抵抗をしてこれ以上ひとりきりの孫娘に嫌われたくないから、さっさとおじいちゃんのところへ逝きます。
あなたが小学生のとき、同級生の父親と不倫をしていたことを知った私はひたすらあなたを怒りました。
でもその怒りは、本当は自分へ向かうべきものでした。
あなたがいじめに遭ったときも、あなたが不登校になったときも、私は優しい言葉ひとつ掛けてやりませんでした。
たくさん寂しい思いをさせてごめんね。
私は最後まで、あなたの母親代わりになれませんでした。あなたの両親も、きっと私のことを恨んでいると思います。
決してあなたのことが嫌いだったわけではありません。ただそれだけは分かって欲しい、と言いたいところですが、分かってもらえなくて当然ですね。
大叔母さんにあなたのことを頼んでいます。おじいちゃんと私の保険金と遺産を合わせれば、何とか大学には行けるぐらいのお金になります。
将来のことは、自分がやりたいことを大叔母さんに何なりと言ってください。
大きくなるにつれて、あなたはどんどんお父さんに似てきました。私の息子は女性にもてる顔立ちだったからあなたも美人になりますよ。ただ変な男性には気をつけて。
怒ることでしかあなたと接することができなかった嫌なおばあちゃんを、それであなたの気が済むのならずっと恨んでください。いえ、恨んでください。どんな形であってもあなたの心に遺してもらえるのなら幸せです。
もっとあなたを抱きしめてあげれば良かった。もっとあなたを褒めてあげれば良かった。もっとあなたと一緒に喜び、悲しんであげれば良かった。今さらそんな後悔が胸に立ち込めます。
最後に図々しい老婆の願いを聞いてくれますか。
幸せになってください。そしてどうか、ご自愛ください。』
涙でふやけたその手紙を、莉菜は大切そうに抱いて眠った。大叔母が部屋で読めと言った理由がやっと分かった。嗚咽が階下に洩れぬよう、布団をすっぽり被って。