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ブルジョアの愛人
第5章 恋火にマッチ

――チクリ…?
冷や汗が顎を伝う。ハイハットのように震える唇を開こうとした時、教室が静まり反った。今まで声を発していなかった下っ端のひとり、坂東由加里がポケットからハサミを取り出したのだ。

莉菜は凍りついた。いや、莉菜だけではない。教室中――沙良や愛海までもが――凍りついたのだ。

由加里の荒れた手の中でギラギラと光るそれは、莉菜の肌を、血を味わいたくて舌舐めずりをしているようにも見える。莉菜は怖いのに、それから目を離すことができなかった。

その時、由加里がボソッと何か呟いた。

「えっ?」

莉菜が訊き返すと、由加里はとり憑かれたように笑う。

「髪、邪魔だろ? 切ってやるよ」

莉菜は短く悲鳴を上げた。伸びかけの髪を物凄い力で引っ張られたのだ。

ハブられることやこそこそ悪口を言われることはあったが、こんなふうに直接暴力をふるわれることは初めてである。髪だけでなく肌を傷つけられるかも知れないという恐怖から、莉菜はついに泣き出してしまった。

由加里は迷うことなく、彼女の髪にハサミを入れる。まずは横髪から。二、三センチずつなんて生やさしいものではなく、由加里は一気に耳の上の辺りまで切り落とした。そこかしこから悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。
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