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ブルジョアの愛人
第5章 恋火にマッチ
「ねぇ、センセ」
樹里はまた音楽室で、大塚と向き合っていた。パイプ椅子のひんやりとした感触が、ざわつく樹里の胸や大塚の背中までも冷やしてゆく。
取調室のように薄暗い部屋で、改めて椅子に座って話すとなるとさすがに樹里も緊張を隠しきれない。本題が本題なだけに、傷つくのが怖くてなかなか切り出せずにいた。
「先生って、何で先生になったの?」
緊張を紛らわそうと思って振った話題がこれだ。樹里は言ってから後悔した。雑談にしては重い内容ではないか。この空気でなら尚更。
大塚は叱られた子どものように首を縮め、意味もなく音楽室の床に目を泳がせただけだった。
――子どもが好きだから。面接で訊かれたときには迷わず唇を滑ったその答えも、樹里にはなぜか言えない。樹里が面接官でなくて良かったと、大塚もまたいらぬことを考えて胸を撫で下ろした。
「えっと…」
間を持たせるように唇を湿らせる。その仕草に樹里が釘付けになっているとも知らずに。
「小学生のときから憧れてたから、かな」
訳の分からない答えに、樹里は聞こえないように溜め息をついた。素っ気ない答えが自分への気持ちだと悟ったのだ。
本当に言いたいのは、こんなことじゃない。
――助けて。だが、そうしたら全てを話さなければならない。