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ブルジョアの愛人
第5章 恋火にマッチ
――それで、話って何かな。
さすがの大塚も、この質問が本題だとは思っていない。樹里が柄にもなく緊張しているのも何となく感じていた。だが、大塚も訊けない。怖いのだ。また脅されるのが。
「やっぱり、いいや。時間取らせてごめんなさい」
樹里は俯いたまま腰を上げた。椅子が未練がましく軋む。
「ダメだよっ」
大塚は思わず叫んだ。自分で自分の声に驚くより速く、樹里がびっくりして顔を上げた。
「何か悩んでるなら、言ってよ。恋人…だろ?」
安っぽい月9のワンシーンのような台詞である。樹里がまた俯くのを見て大塚は、しまった、と後悔した。
小さな肩が震えている。抱きしめてあげたいとは思わない。ただ大塚は、樹里の口から言い渡されるであろうそれを待っていた。
五分ほど経った頃、樹里は震えながらようやく口を開いた。
「どうせ、先生だって、北沢さんの、こと、好きなんでしょ」
驚いたことに、樹里は泣いていた。長い睫毛を伏せたまましゃくり上げる彼女を、大塚は初めて可哀想だと思った。
やはり彼女は頭が良いのだ。だからこそいらぬことに気づき、傷ついてしまう。――自分と真緒が愛し合っていることに。
「ごめん」
彼女に嘘はつけないと大塚は悟った。真緒の企みなど知る由もなく、少しばかりの優越感さえ感じながら樹里の背中に触れた。
「――大塚先生、至急職員室まで来てください」
校内アナウンスが沈黙を破るまで、二人はずっとそうしていた。