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自由という欠落
第6章 もつれていく



 このシーンのオセローは、腹心の部下の空音を疑いなく信じていた。まやかしが巧妙だったのか、それとも彼自身の果てしない瑕疵がゆくりなかったのか。

 ムーアの生まれの不幸な男は、けだし後者だ。


 デズデモーナに口づけて、愛撫して、こよない愛をささめきながら、彼の彼女を呪う声は慄いていた。不可視の恐怖に急き立てられて、既にこの時、オセローはパートナーを死に至らしめる他になくなっていた。
 移ろわない愛などない、不変の幸福も。当時のヴェニスで、オセローのような生い立ちは、劣弱意識に輪をかけるには十分すぎた。



 もう一度、もう一度、と、まひるはのはなに口づける。


 清冽な愛には戻らない。それでも、口づけだけが、別離を刹那でも先延ばしにする名分だ。一秒でも、長く。まだこの寝息を聞いていたい。



「『誰?……オセロー様?』」

「『デズデモーナ、夜の祈りは済ませたか』」

「『ええ。貴方ももうおやすみになりません?』」

「『罪を犯して、神に許しも乞うたか?まだなら急げ。俺はこの辺を歩いている。備えのない者を殺したくはない、お前の霊魂は正義の神も剣を折る、俺はお前を殺しても、愛おしく想い続けるだろう』」

「『殺すとおっしゃる?』」

「『そうだ、殺す』」


 のはなは血相を変えて、寝台を飛び退いた。伸ばしたまひるの手が宙を掠める。

 デズデモーナの弁明が続く。咎められるべき不義の心当たりはない。オセローの他に愛情を持って親しくしている人間などいない。姦通の疑惑のあるキャシオーが所有していたというハンカチーフは数日前、確かにどこかで紛失していた。…………


「『もう取り返しがつかない、キャシオーは敵の罠に落ちたんだわ!貴方も私も!』」

「『黙れ、売女!奴のために涙を流すか』」

「『悪魔が怖くて泣いているのです。あんなにも幸せだった私達を、こうも粉々にしてしまうなんて……愛する貴方、どこの誰が、貴方にこうも怖ろしい話を……。お願い、殺さないで!』」

「『離せ!』」

「『待って、今夜だけでも!』」
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