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自由という欠落
第6章 もつれていく



「邪魔しちゃうから」

「休憩中に見えるよ?はぁ……、すごい綺麗だね。清水さんと丹羽さん」

「うん……」


 香菜が手すりに背中を預けた。

 心陽も彼女に肩を並べる。


 螺旋階段を挟んだ階下は、目で感じているより遠いらしい。のはなもまひるも、他の部員らも、心陽達に気づいていない。


 あんなにも真剣なのはなを、初めて見た。学生らによる舞台であれば、心陽も何度か観たことはあるが、のはなほど心陽の肺腑を衝いた演じ手は、初めてだった。


 元々、歌劇を好んでいたという。憧れてもいたのかも知れない。加えてあの声、あの容姿だ。ただしいくら芝居に明るくない心陽でも、ただ美しいだけの少女がただ巧く芝居していただけであったとすれば、留めた足が動かなくなって、目が釘付けになった挙句、涙まで流さなかったろう。

 こまやかな立ち振る舞いだった。台詞の一つ一つにのはなの想いが、こだわりが、演じることへの悦びがあった。まひるに対しての友情、信頼に溢れていた。心陽がのはなに初めて逢った春の日、彼女は話していた。まひると親しみたかったばかりに、共通の話題を作るべく、舞台に誘ったのだと。のはなの、そうしたいじらきさも、今しがたのデズデモーナには息づいていたのではなかったか。おそらく台本にはない動作、息遣い、のはなが付加したデズデモーナの言動に、心陽は心魂を抉られたのだ。



 …──お前を殺す前に、口づけをしてやったな。


 まひるの媚薬を含んだようなメゾが、心陽の胸の底を疼く。


…──今、俺に出来ることは、こうしてお前を追いかけて、眠りながら口づけすることだ。



 自刃したオセローの最期のささめき。

 のはなを抱いて、頰にかかった髪の一本も乱すまいとしていたようなまひるの声も、濃密でありながら果てなく優しいささめきだった。


 『オセロー』は、心陽が今、観たような話だったろうか?


 志高く精悍なムーアの男は、作中、もっと強かではなかったか?



 陽子に学祭のチケットは渡した。佳乃にも、だ。進学してまもなく招待を約束していた所以、やむを得なかった。


 約束を反故にしてしまいたい。


 のはなという花に滅びるオセローは、狂おしいまでに羨ましい反面、心陽でも自分の頰が熱くなってはいないかと焦燥した。

 陽子が見れば、彼女はますますまひるに入れ込む。
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