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自由という欠落
第6章 もつれていく
* * * * * * *
「遅くなっちゃったね。寝坊したら、どうしよう」
「坂木さんにはお願い出来ないの?」
「勝手に入ってまで起こしに来てくれないの。もう家族みたいなものなのに、そういうところよそよそしいわ」
風が砂を舞い上げて、葉を擦らせる音が、秋の深まりを物語っていた。
日頃もう少しは薄ら明かりを灯している住宅街は、既に眠りに就いていた。学生らもおりふし見かけるだけになった帰路は、ともすればのはなと二人きり、途方もない宇宙に取り残されでもした錯覚に陥る。
学校行事にこうも貢献したのは、いつ振りか。もとよりまひるに、そうした記憶はないかも知れない。
幸福で浅膚な創作上の主人公を演じながら、まひるの羨望は顫えていた。
愛に裏切られた、愛に裏切られたと取り違えた、不幸な男。仮に旗手の空音が事実だったとしても、彼は恵まれていたのではないか。愛する女が他所の愛を結んだとて、彼女の所望だったのだ。潤沢な美、野に咲く薔薇のような生気、曇りない笑顔、デズデモーナはそれらをまとって息絶えた。死の間際にさえ、彼女は生にしがみついていた。
デズデモーナというあるじのために、彼女を冥府まで追っていったエミリアも、まひるには憧れるに値した。善良で世間知らずな令嬢の不羈を望んで、彼女の不幸を彼女の分まで悲嘆して、自身の体裁も擲って、あるじの味方であり続けた。あるじの潔白を証明しながら、彼女に殉じた。
所詮は夢物語だ。
創作上の不幸が跋扈しながら、創作上では美が、報労が、苦悩の糸に生け捕られた人物達を擁護している。