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自由という欠落
第6章 もつれていく
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先週のリハーサルでは気を失ってもおかしくないほど緊張したのに、いざ本番の幕が上がると、まひるの意識は妙に研ぎ澄まされた。
のはなにしか向かなくなった、と言うべきか。
まひるの演じる男の世界の一等星、姫君を演じるのはなにしか。
満席だ。無音の熱気は、講堂を満たした。ステージの光を強調する晦冥は、無とは真逆の生気がこもっていた。それでいて肌に染み透るほどの無数の視線、拍手、沈黙は、却ってまひるを落ち着かせた。
観客は鏡に似ている。
他人は他人を存外気にかけていないというが、明らかに注目の中心にいる時ほど、そうした意識は内気の脅威にならない。演じ手にとって観客は、話しかけるべき相手であって、さしずめ自身を映す鏡だ。緊張してもしなくても、同じだけの時は過ぎていく。どうせ止められない時間の中でなら、精一杯、生きたい。役として生き抜きながらも、創作を披露する媒体である自身をどこかで客観的に見つめ直す歯止めの役割も兼ねた、鏡。
今朝、衣装に着替えて、化粧を直している間、まひるはのはなと最終確認のかけあいをした。ゆきやしよりはもちろん、同級生らも雑談やら終演後の予定やらについて話していた中、舞台慣れしないまひるとのはなは、少しでも本番に備えて不安をやわらげたがっていた。
それが幸いしたのかは知らない。少なくとものはなと親交を深めていたのは、肩の力の抜けた大きな勝因だったろう。ただでさえ一日の内の大半、まひるはのはなと過ごしてきた。今更他人行儀な間柄でなければ、ぎこちなくなる距離ではない。互いに役を演じながらも、気の置けない安心感はあった。