この作品は18歳未満閲覧禁止です

  • テキストサイズ
自由という欠落
第1章 がらんどうな方程式







「画材も、Yちゃんと同じ」

 筆をもてあそぶよりずっと優しく、岸田はYの硬く黒い髪に指を通して遊んでいた。

「決まった配合に従えば、決まった色になるだけ。数学なの。それだと絵にならないから、私が心を描き出すの」

「何が言いたいの」

「Yちゃんは、あの子と私の前だと、今でも正真のYちゃんだなって」


 それだけで、私は十分、救われてる。


 Yはいたずらな恋人の片手を持ち上げて、唇で触れた。その指にまとわっていた毛先が乱れたのは気に留めない。


 岸田は孤独だ。過不及なく愛らしく、明るい身性、何より才能に恵まれている。あの職員会議で啖呵を切った翌日も、教員らは彼女を攻撃しなかった。そればかりか表向きYへの出様も柔和になった。生に関して不満も忿怒もないだろうに、彼女は沸々と彼女の世界で、静寂した咆哮を上げている。
 教師として社会に出た時、彼女は道に迷ったという。そこに理想的な同業者がいた。彼女のインスピレーションを補翼する女が。
 岸田の直感がYにとって幸運だったのか否か、判らない。少なくとも初めての恋愛を経験した。何も握らず、もっぱら何かが抜け落ちていくだけの手のひらに、初めて感触を得た。


 暮橋の愛した、暮橋に愛された少女。Yが彼女を最後に見たのは、彼女の最愛の上級生が消えた二年後の春だ。一年生だった天衣無縫の天使は、ぞっとするほど美しい見目になっていた。ぞっとするほどの空虚を抱えて。
 おそらくYとは別種の苦艱に苛まれたあの少女は、卒業式の列席で、本当に生きていたのだろうか。



「岸田」

 夜間の眠気がYを拘引しようとしていた。

 Yは岸田の手を握って、いつかの少女の指先を想う。


「今度のコンクール、貴女のテーマは?」


 岸田を包む雰囲気も、うつらうつらしている。それでも彼女は、敬愛する女のために意識を奮う。


「縄だよ、Yちゃん」







第1章 がらんどうな方程式〈完〉
/265ページ
無料で読める大人のケータイ官能小説とは?
無料で読める大人のケータイ官能小説は、ケータイやスマホ・パソコンから無料で気軽に読むことができるネット小説サイトです。
自分で書いた官能小説や体験談を簡単に公開、連載することができます。しおり機能やメッセージ機能など便利な機能も充実!
お気に入りの作品や作者を探して楽しんだり、自分が小説を公開してたくさんの人に読んでもらおう!

ケータイからアクセスしたい人は下のQRコードをスキャンしてね!!

スマートフォン対応!QRコード


公式Twitterあります

当サイトの公式Twitterもあります!
フォローよろしくお願いします。
>コチラから



TOPTOPへ