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自由という欠落
第6章 もつれていく
* * * * * * *
夢のような上演時間は、のはながいつか自身に夢だと偽りたかった内容とは、かけ離れていた。
踏みにじられる誠実。貞節、従順。…………
のはなは、デズデモーナの悪夢を辿っていたのかも知れない。違う、架空の女は幸せすぎた。心魂か肉体か、のはなもいずれどちらか壊滅しようが、今日まで演じた女が縋った愛を知ることはあるまい。
…──お前を殺す前に、口づけをしてやったな。
まひるの声は痛切だった。ともすれば彼女自身が望んでいたようにもとれた。仮に彼女が、今生愛する人間との別離に行き当たるとすれば、最後の瞬間まで愛を交わしていたがろうような、迫るものが澄んだメゾを熱していた。
くすんだ桜色の毛先が、のはなの胸をくすぐっていた。心陽と同じでどこか違う、触れるだけで腰の奥がじんと疼く指先が、のはなの腕を撫でていた。客席にまで凛と届く通った声が、眠るのはなを起こすまいというささめきになって、耳朶に呼び水をかけた。
のはなの演じたデズデモーナは、ああも幸福だったのだ。
不条理にくずおれても尚、男を庇える生気が残った。
大小道具の運搬を手伝いながらのはなが部室に向かっていると、心陽を見かけた。
未だ冷めやらぬ興奮に疲れたのも手伝って、のはなは、現実のひとひらへと走り寄る。
「はなちゃん!」
「今日は来てくれて有り難う。陽子さん達は?」
「まだ外にいた。まひるを探してくるって。はなちゃん一人だったんだ?」
「ええ、……」
両親と、狡猾な立ち振る舞いの婚約者。彼らを避けて、のはなは終演後の余韻もそこそにした。数人の部員らは講堂付近に残って、家族や親族、他校から呼んだ友人達と写真を撮ったり歓談したりしていたのに。
「あっ」
「部室そこ?こうして持てば大丈夫?」
「軽いから、持つわ。返して」
「ダメ。はなちゃんは、フォークより重たいもの持つの禁止」