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自由という欠落
第6章 もつれていく



「清水さん」


 賑わいを縫ってきた声は、一瞬、まひるの耳を戦慄させた。壮年の男の知り合いなどいない。

 不意打ちのショックに追い立てられるようにして、まひるは辺りを見回した。

 丹羽と、二度ほど顔を合わせたことのあるのはなの母親、それから見覚えのない青年がいた。


「あ、お疲れ様です」

「清水さんこそ、お疲れ様です。舞台、素敵でしたよ。のはなも楽しそうでした」

「有り難うございます」

「お久し振りね、まひるさん。娘と仲良くしてくれて有り難う。のはなは、貴女のお陰で本当に毎日楽しそう」

「こちらこそ、仲良くしてもらって……」

「いえいえ、のはなが安心して学校に通えているのは、清水さんのお陰だと思っています。やはり貴女にお願いして正解でした。これだから優秀なお嬢さんは違う」


 丹羽は他人を手放しに褒める。裕福層の余裕か、それとも彼のような種類の人間には、疑心や警戒は不要なのか。奥方もにこやかに頷いている。

 当たり障りのない会話を交えていると、青年が一歩を進み出た。まひるの前に、大仰な感じの名刺が現れる。


「申し遅れました。わたくし、西原篤と言います。のはなさんは、学校でも可憐なのですね」

「初めまして。こちらこそ、すみません。清水まひるです」


 のはなの従兄弟か、知り合いか。

 彼女に好意的な男の笑顔が、刹那、矯飾の仮面に見えた。いかにしても性別の壁を超える信頼はいだけないのか。
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