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自由という欠落
第6章 もつれていく
愛の告白現場など、少女漫画の中に限って遭遇出来るものだと思っていた。女と男のロマンスはお伽話、そうした分別が定着していたのはながさしずめ非現実的なシーンに出くわしたのは、心陽がまひるを呼びに向かったあとだ。
「話って」
数十分前まで女子達の熱い視線を集めていたアルトの声が、近づいてきた。
のはなは弾かれるようにして、廊下の陰に滑り込んだ。向かい側の角から見えたのは、しよりと芳樹だ。二人の背は、まもなく部室に消えていった。
「大したことじゃないんだけどさ、……あ、いや、大事な用だ」
「ゆきも呼んだ方が良い?」
「そういうんじゃないさ、平気」
「じゃ、どうぞ。落ち着きないよ。飴、食べる?」
「サンキュ」
包み紙が、かさかさと鳴る。
のはなは、普段であれば挨拶くらいしていたろう。上級生らの話し合いの場に第三者が立ち会ってはいけない規則もない。
だのに扉を開けなかったのは、芳樹の声が第三者の介入を避けたがっていたからだ。
「俺さ、今回で引退することにしたんだわ」
「え」
「卒業したら、叔父の会社に入る。コネとかそういう目で見られるのは性じゃねぇしな、正式に入社するまで見習い、バイトさせてもらうことになった」
「そう」
「でな、……」
部員としては今日で最後だの、今の面子なら安心して任せて旅立てるだの、男役の仲間として一緒にいて楽しかっただの、今日まで色々あっただの、あれだけもごついていた芳樹の口は達者になった。しよりはただ聞いていた。
のはなは、踵を返す。
やはり私的な話に耳を傾けるものではない。だのに防音装置のない部室は、外部に情報を漏らし続けた。
「だから、最後に言わせてくれ」
あまりに定石に従った流れだった。
「俺と、付き合って下さい!」
芳樹が、しよりに深々と頭を下げる姿。
閉めきった扉の向こうの光景が、のはなの瞼の裏にありありと浮かんだ。