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自由という欠落
第6章 もつれていく
* * * * * * *
何怒ってるの、と、姉の問い。
そこで心陽は、初めて、自分が胸の内を表に出すことを不得手としていたのではないかと自問した。友人達も両親も、無論、今まさに心陽の一歩手前を浮かれ調子で恋人と歩いている陽子とて、昨日までは妹の気性を奔放と位置づけていたのにだ。
心陽は、のはなの待つ校舎へ戻らなかった。校庭に見つけたまひるにも声をかけなかった。
声楽部の次の当番までの残り時間は適当に過ごすつもりでいたところを、陽子達に捕まったのだ。
どこかの運動部が切り盛りする和喫茶で腹を満たすと、睦まやかな恋人達は、引き続き心陽を連れて、服飾研究会の教室発表へ足を向けた。
バザーでも買い物を満悦していた二人の物欲は、とどまることを知らない。学生らによる手作り市に顔を出すや、教師を生業としている陽子と佳乃は、大の大人らしからぬ光輝を目に満たした。
「すごいね、陽子。学生の手作りなんて観賞目当てで遊びに来ただけだったのに、欲しいものたくさん」
「失礼よ、佳乃」
「褒めてるもん。わわっ、これなんて私達に似合いそう。心陽ちゃんはこっちかなー」
色とりどりのペンキを塗りたくった感じの柄のフレアスカートの裾を舞わせて、佳乃が目を留めたのは、ワイヤーアクセサリーやレジン細工の販売ブースだ。右隣は額に入ったクロスステッチが並んでいる。遠目に見ると、色鉛筆画に見紛うそれらの方が佳乃の興味を引きそうなのに、芸術家の感性は、やはり凡人に理解し難い。ちなみに佳乃の指した紫陽花にリボンのついたイヤリングは、確かに心陽の好みに嵌まる。
佳乃が陽子の薬指にリングを嵌めた。ピンクと青、色違いのコイルリングは、猫のシルエットに造形した部分にレジンが流し込んであって、ステンドグラスを聯想する光を透かす。ワイヤーの花やチェコビーズが周りを飾っていた。似合う似合うとはしゃぐ佳乃に、心陽の気難しい姉は、つられるような笑みをこぼす。