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自由という欠落
第6章 もつれていく



「本当に、どうしたの?」



 ああ、しつこい。



 陽子達は、別段、心陽を蚊帳の外に放り出して、愛慾の結界にこもりきっているわけではなかった。彼女らの見せる姉の顔、友人の顔が、今の心陽には煩わしい。


「のはなさんと話せたんでしょ。何かあった?」

「ねぇ、のはなちゃんは、どうだった?」



 完膚なきまで悪意のない大人達の干渉に、心陽は無言でスマートフォンの画面を差し出す。
 目も眩むようなクラシカルドレスを身につけて、ピンクが基調のカラーメイクに清楚な目許を煌びやかに立てるアイライン、上演中は何度まひると本当に口づけてしまわないかと鬼胎さえもたらした潤沢の唇の端を上げるのはなと、無知な呑気に浸っていた時分の心陽が、画面の中で寄り添っていた。


「やったじゃない。心陽の不機嫌が理解出来ない。のはなちゃんとツーショ撮れたのが幸せで、夢じゃないかって疑ってるの?」

「この程度で幸せなんて。我が妹ながら、子供っぽくて呆れるわ」

「ふふっ、そうね。でも良い雰囲気。いつ告白するの?」


 見ず知らずの他人であれば、心陽は二人を張り倒していた。

 否、度を超えて楽天的な雑音は、相手にするだけ神経がすり減る。嘔吐さえ危ぶむ。



「……私のことは、良いから」


 負の感情を顔に出しても、陽子らの関心を引くだけだ。

 心陽が努めて顔の筋肉に鞭打った甲斐あって、佳乃はようやく学内の地図に注意を戻した。陽子も恋人の手許を覗く。





 心陽がまひるを見つけた時、彼女はのはなの両親と話していた。顔を知っているのは父親のみだが、婦人がかの姫君の母親だろうとは、四人の会話から察しがついた。心陽はしばらく離れた場所で待機していた。


 申し遅れました。わたくし、…………


 輪の中で明らかに浮いていた青年が口を開くや、心陽はそれまで特に気に留めていなかった彼の正体を知ることになる。

 西原篤、男は名乗った。そして、のはなと婚約を交わした仲であることを明言した。

 心陽からまひるの顔は確かめられなかった。ただ、男がひどく不吉で独尊的な佇まいであったかは、強烈な印象として胸に残った。近い内、心陽は不遜な悪魔の夢を見て、魘されよう。か弱い少女を所有出来る将来に傲って、思い上がった顔だった。


 婚約者。


 その言葉に備わる意味など、他にあるまい。
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