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自由という欠落
第7章 必要のないもの
西原の腕がほどけていった。のはなの背中に胸板を押し当てて、のはなを抱擁した西原の腕。愛撫にも似たささめきは、けだし周囲に赤裸々な言葉を漏らすまいとしてのことだ。秘め事らしい行為ではない。
「股を開けなくなって、罪滅ぼしか。いつもの子供っぽくて馬鹿な格好じゃなかったから、お前もようやく世間体やTPOを気にするようになったのかと勘違いするところだったよ」
「…………」
「手のかかる女だな。もういいわ、血が引っ込むまで、口でしろ」
「…………。分かり、ました……」
のはなが努めて好みでもない洋服を揃えたのは、のはな自身のためだった。
袖を通せばのはながありのままの自身になれる、心身が華やぐような洋服は、ともすれば生まれた時から着込んでいたくらい肌に馴染む。感性も洋服を選ぶ基準だが、それ以上に、明るい色味やフリルやレース、リボンがふんだんに取り入れてあるワードローブは、のはなの半身とも感じられて着用してきた。
西原は頭ごなしに否定する。彼自身の感性だけで。
半身。中には恋人の代名詞として用いられた、歌やら書物やらもあっただろうか。
そうしたものを身につけたのはなは、西原の偏見の対象でしかない。
のはなは精神衛生面を考えて、法事のぎりぎり手前の装いを決めたのだ。
「西原さん」
レストランへ戻る途中、のはなは斜め後方を歩く背広に呼びかけた。
笑顔の絶えない両親と、ぬくぬくと生きてきた世間知らず。学歴やキャリアだけは非の打ちどころのない婚約者。
傍から見れば絵に描いたように幸福な食卓へ向かいながら、のはなの胸裏は暗雲が影を落としていた。