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自由という欠落
第7章 必要のないもの
「何」
「もし、」
「何だ」
「もし」
のはなが足を止めると、意外にも、西原は合わせて歩みを止めた。
こんな疑問をいだくようになったのは、最近だ。
逃げ出したいと想像してみるほど、のはなの感情は育まれていなかったのかも知れない。
無垢な少女達が世間を離れて、閉鎖的な環境下、生きていくために不自由しない最低限の教育を受けていただけの六年間では、思考というものを学べなかった。子供っぽい。西原の罵倒は否定出来ないところもあったかも知れない。
それでも、今は。
「例えばの話です。私が結婚をお断りしたいと言えば、どうなりますか?」
「…………っ?!」
「貴方の家か私の家、どちらかに損害は生じるのでしょうか」
「…………」
にわかにのはなは、西原の初めて見る表情を垣間見た。ほんの刹那のことだった。失望にも、怯えにもとれる表情だった。
怯えは、間髪入れず憤慨が覆った。
「ひっ」
「ふざけるな!」
通行人の好奇の目が、のはな達を注視する。
西原は決まり悪そうに唇を歪めて、のはなの腕を乱暴に引く。加減しない指の力がのはなに食い込む。
「くっ、……ぐ」
冷たい壁の質感を首筋に受けて、のはなは失言を悔いながら、逆光に西原の赤い顔を見上げていた。
「俺のどこが気に入らない?」
「それ、は……」
「お前には家のことしかないのか」
「…………」
「俺に、何か感情は持たないのか」
「…………」
それでは、西原はのはなに何かしらの感情があるのか。
互いの家の利害関係の下に引き合わせられて、他の女を視野にも入れないでのはなを卒業まで待って、強いて西原が個人的な感情を優先出来るとすれば、のはなが彼の性癖に反抗しなかった点くらいではないか。
「欲情しない女の卒業を待ったりしない」
「…………」
「俺は、興味もない女と結婚しろと言われたら、お断りします。家の業績に響く結果になっても、な。人生あっての蓄えだ。稼ぎを増やしたところで、プライベートが不十分ではくだらない」
「…………」
歩き出した西原を、のはなは追う。足の震えが止まらない。
世の中は、のはなが考える以上に単純なのか。
ふざけているのは西原の方だ。だのに何故、のはなの例え話には激昂する。