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自由という欠落
第2章 囚われの小鳥
三年間クローゼットに眠らせていたロップイヤーのウサギの耳のついたペンケースも、バッグに仕舞う。
次の講義まで二時間弱ある。ついひと月前まで、休憩は朝から日没の間に一時間とれるだけだったのに、大学に入ってすこぶる優雅で退屈になった。
講師の退室した講義室は、学生達も次々と席を離れていた。まひるの斜め前方にいる少女だけ、ノートを片づける気配もない。
緩やかな波を描いた栗色の巻き毛を背中に流した友人は、静かな寝息を立てていた。
「心陽(こはる)」
他人の睡眠の妨碍に怯む、聞かせるつもりのない声が、役割を果たすわけがない。
この場合、起こしても放っておいても不平は出る。それなら、と、まひるは前者の、睡眠は断っても次の講義の彼女の出席率には助かる方を選んだ。
「先生、行ったよ」
心陽が目を覚ましたのは、おそらくまひるの決意が功をなしたわけではない。とろんとした目にほんのり不快を表す友人は、ざわついた周囲に軽くぼやいた。
「おはよ」
「夜更かし?」
「ううん、授業がつまらなかっただけ」
さしてつまらなさそうでも、さりとて問題の科目に興味津々だったというわけでもない様子の心陽は、まひるとは学部が違う。同じ一学年で、全学部共通の科目の講義で、頻りと近くの席に座っていて、自然と話すようになっていた。
「はなちゃんは?」
「休み」
「えー……」
「体調不良だって」
「お見舞い行きたい。あの子、下宿?」
「実家。家政婦さんにアポ取れば、お見舞い行けるよ」
「ブルジョアなの?!」
服装史とは比較にならないほど心陽が興味を示すのは、まひると同じ、将来の役に立つかは怪しい文化的な学部を専攻している同級生だ。
丹羽のはな。
父親は卸業の一社長だ。
のはなは、まひるが中等部を卒業した春から三年間続けていた販売員を休業する契機となった少女だ。今は友人か。
まひるは、彼女の父親、つまり自身の雇用主の懇願によって、世間知らずの令嬢の目付役を引き受けることになった。
心陽はこの事情を知らない。話す必要も機会もなかった。