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自由という欠落
第7章 必要のないもの

* * * * * * *

「私ははなちゃんを諦めるのに必死なのに、お姉ちゃんはまひると会ってる。佳乃さん以外の人とデートするの?」

 部屋の扉の開く音に弾き寄せられたようにして、心陽は陽子に詰め寄った。目を瞑っていられるだけの気力も、姉に気遣う必要性も、失った。心陽はただ陽子に問い質したい。まひるを必要とする理由。

 陽子の顔色は変わらなかった。人知れずまひるに会ってきたばかりのはずだ。佳乃にはもちろん、心陽にも黙って、まひると恋愛関係の真似事を続けてきたはずだ。だのに今日も彼女を抱くか抱かれるかしてきた姉は、まるで数学の質問を受けた時と変わらない顔で、僅かに瞠目しただけだ。


「え?」

「ごめん。尾行した」

「そう」

「何で?」

「何でって……」

「佳乃さんがいるのに、何で?」


 どこまで尾けたか説明するまでもなかった。否定しない陽子の顔が、今日までの事実を自白している。厄介ごとをどう処理しようか思案している時の、大人の気色だ。少女である心陽には理解出来ない。


「知ってたんだ」

「…………」

「良いわよ。心陽が傷心なのは知ってる。八つ当たりで私のこと尾けたんでしょ。今だけは甘やかしておいてあげるわ」

「…………」


 ヒールの高いブーツを脱いで、陽子は心陽の脇をすり抜けた。歩くと裾の揺れる小洒落たコートは、茶色とカーキの中間色。慣れた手つきで陽子はボタンを外していく。ライラックのシルクのブラウスに、今朝は見なかったネックレスが垂れていた。濡れた艶を放つブラウスは、女の膨らみをこれ見よがしに強調している。乱れた形跡はない。当たり前だ。まひるは、けだし優しくボタンを外す。心陽の初恋の少女に潔いまでに気兼ねなく、姫君よろしく接する彼女は、心陽の姉にも同じ態度をとるところが目に浮かぶ。
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