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自由という欠落
第7章 必要のないもの
エアコンくらいつけろだの、夕飯は済ませたかだの、陽子は心陽に先輩風もとい姉風を吹かす片手間、部屋着に着替えた。クレンジングオイルを浸したコットンを顔に這わせる彼女を鏡越しに見た途端、心陽は無性に安堵した。蛇に果実の味見を促された女のような姿をとっていた姉は、紛れもなく姉だった。
「心陽さ、……」
「うん」
陽子はネックレスを鏡台の引き出しに仕舞った。
淡い紅色のジルコニアの薔薇を垂らしたネックレスは、友人間のプレゼントとしても妥当な程度だ。そうも手軽なネックレスを大切そうにジュエリーケースに保管したところを見ると、よほど気に入っているらしい。
心陽の視線を気にも留めないで、陽子は姉の顔を続けていた。
「のはなさんに気遣ってる、貴女の努力は理解した。それで、……」
「…………」
「本人は幸せに見えるの?」
心陽の思考が停止した。おそらく今、鉄砲玉を食らった鳩のような顔をしている。
「のはなさんの幸せは、心陽があの子を諦めるだけの価値ある幸せ?」
つまり心陽から見てのはなが幸せだろうと判断出来なければ、割り込めという理屈か。
心陽は目の当たりにした。西原篤という男は、のはなの許婚を名乗っていた。両親は、見るからにエリートである青年に、満面の笑顔と信頼を向けていた。のはなが彼に関する話を出さなかったのは引っかかるにせよ、不幸な縁には見えなかった。
違う。
仮に問題が潜んでいたとしても、のはなの幸福は、のはなを除く第三者が判断するものではない。