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自由という欠落
第7章 必要のないもの
「お姉ちゃんは、変わった」
心陽は、キッチンへ向かいかけた足先の方角を変えた。荷物をまとめて玄関へ急ぐ。
「ご飯、やっぱり作れない。ごめん、私、帰る」
心陽に帰るあてはない。少なくともここにいるよりましだ。陽子とは会話が成立しない。考え方が違いすぎる。奪うことにも、奪われることにも、引け目を覚えない陽子とは。
本数の減った駅へ逃れると、通学路を走る電車が停まった。乗れば実家との距離が縮まる。後退しかけた心陽の目が、冬休み直前の試験以来の香菜を認めた。
目が合った友人に気づかなかった態度を貫く気分にもなれなかった心陽は、車両に足を踏み入れた。香菜は無邪気に手を振ってきた。
「心陽?こんな時間にどうしたの、ってか、デートじゃないよね?」
見て分かるでしょ、見て分かる、と、諧謔を含んだ苦笑を交わす。かくいう香菜もデートの帰りには見えない。胸まである茶髪は下ろしていても結んでいた形跡があって、化粧もやや崩れている。クリスマスまでアルバイトをしていたようだ。
「寂しいね、私達」
「私は、寂しくないかな。来月の給料が楽しみ!」
「…………。ははっ、あは」
友人と会う気分になれなかったくせに、香菜に鉢合わせた喜びが、心陽の内部のあるべきものが抜け落ちた場所を満たしていく。違う。香菜だから嬉しい。心陽が今に比べて奔放だった時分から、香菜は心陽を知っている。彼女といると、昔の自分に戻れる気がする。
香菜は、地元より一つ手前の駅で下車した。深夜に営業しているカラオケ施設は、思いのほかたくさんあった。心陽は香菜が店を吟味している間、その手許をぼんやり眺めた。親に連絡する必要はない。今夜も陽子の部屋にいると思い込んでいるはずだ。陽子もまひるとの時間の余韻に浸りながら、今頃、酒でも飲んでいるだろう。