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自由という欠落
第7章 必要のないもの
「妹にまで愛想つかされちゃった」
フレアの裾の茶色がかったカーキのコートを壁にかけるや、陽子は寝台に背を投げ出した。腕を広げて、膝蓋から下をベッドスカートに垂らして、屈折した十の字になっている。
「佳乃とも時間の問題だわ。本当に付き合っちゃおうか」
まひるを見上げる陽子の目尻が光って見えた。今朝、まひるが撫でていたラインストーンの白に似ている。
アイメイクか、それとも個室の蛍光灯が、陽子の目元を濡らしているのか。しかつめらしい数学教師は、時々、どきりとするほど少女らしい顔をする。
「佳乃さんが泣きます。あんなに仲良いくせに」
「お陰様でね。でも、私はまひるちゃんが好きって言ったら?それも本気で」
陽子であれば、まひるを逃せるかも知れない。現に今日も、息の詰まるようなあの家を抜け出す口実を与えてくれた。陽子であれば、まひるの大方を知っている。昔のように、まひるの否を否定してくれるかも知れない。
まひるは首を横に振る。
「愛なんか信じない。陽子さんはきっと私を幸せにしてくれるから、恋人にはなれません」
まひるの落ち度を打ち消す陽子の存在は、脅威だった。紬が追い詰められた所以は、陽子のせいであってはいけなかった。陽子のせいであっては、紬の来し方の消失は、彼女が紐づいたことになる。紬にとって、まひるより彼女の存在が大きかったことになる。紬の中枢にいたかった。
「…………」
昼間とは思えない人工的な蜜色に沈んで、まひるは陽子の胸が上下するのを横目に見ていた。陽子との沈黙は心地が好い。陽子を含んだ空間を刻む秒針は、いつまでも耳を傾けていたい波動を生む。
まひるの指先が体温に触れた。陽子の深く切った爪が、まひるのそれに触れていた。