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自由という欠落
第7章 必要のないもの
八ヶ月という期間は、長いようで、際立って一個人に変化をもたらすほどでもなかった。まひる自身も変わらなかった。
芹川は相変わらずおっとりとした身性で鈴丘に仕事を教えていたようだった。小舞は先日、何十回目かの見合いパーティーに参加して、新たな相手と巡り逢ってきたという。ハリのある肌に輝く目、思い遣りにも申し分のない小舞は、まひるからすれば恋愛も器用にこなすように想像がつくのに、既婚の家事専門家に憧憬している彼女自身は、肝心の交際相手と長く続かない。
「本当に辛いです。恋愛は一人では出来ないでしょ。無理に付き合っても、後々お互いのためになりませんからね」
「まぁまぁ、小舞さん。辛いのも楽しみの内だと思います。私は親にバンドを反対されていて、喧嘩の絶えない家ですもん。有名にもなれないで、いつまでも不毛なことするな、って。怒鳴り合いの毎日です。でも、他人に敷かれたレールとか、順風満帆な人生とか、そんな退屈は私に向きません」
「鈴丘さんは前向きですね。今度、私の相談乗って下さい」
「イヤですよぉ、芹川さんの相談なんて、どうせまた好きなアーティストのコンサートが被ったとかでしょ?」
「正解!推しが多いと大変なんです。重要ですよ」
どこまでが楽しみと甘んじられる苦悩で、どこからが耐え難い苦悩になるのか。芹川達のはかなしごとに、まひるはまばゆいものを眺めている心地で耳を傾けていた。
紬との別れに、両親の確執。負債にまみれた父親。
まひるが人知れず泣いてきたような来し方も、仮に抜け出せたならと想像を巡らせなかったこともない境遇も、初めからなかったとする。ぬくぬくと無痛の日々の中にいたとすれば、鈴丘の話す通り、それは味気ない人生だっただろうか。今も紬と笑い合って、家に帰れば、幸福でなくても月並みに安らげる場所がある。そうした日々の中にいれば、まひるは退屈に耐えかねていたか。
最後に両親が愛情めいたものをまひるに向けたのは、いつだったろう。母親はいつから娘を苦艱の捌け口にするようになった。…………
見失った愛情を、まひるは紬に見出していた。紬と過ごした時間だけが、甘く穏やかで、まひるを縋らせていた。どうしようもなく居場所がなかった、今でも不安定なまひるの居場所は、あの時間に置き去りなった記憶にのみ存在する。