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自由という欠落
第8章 痛みと親愛
* * * * * * *
いやに怯えていたのはなが気がかりだった。まひるの耳に、聞き馴染みのある金融業者の固有名詞が粘り気を帯びて触れなければ、けだし坂木に付き添われた彼女を追いかけていた。
ここ数日間に仕事始めを終えたのは、サービス業の人間くらいではないか。新春の空気も冷めきらない中、西原は皺一つないスーツを着込んで威儀を正していた。とってつけたような愛想笑いが、西原篤という人物のわざとらしさを強めている。
「やはりご存知でしたか。現在◯◯を仕切っているのは、俺の父とは旧知の仲の男でして。偶然にも顧客リストを覗く機会があって、清水さんのお父様と見られる名前に目が留まったんです」
「何故、父を?」
「貴女は、俺の大切なのはなの友人です。多少なりとも身許を知りたいと願うのは、恋人であれば当然です」
西原は詩でも読み上げる口調で話を続けた。
覗いた資料は借入金の返済が滞納している利用者名簿だった。よりによってのはなの友人が、破格の債務を背負った男の身内であったというのが明るみに出れば、丹羽のスキャンダルを招きかねない。そして西原にも突き止められた事柄は、丹羽を厄介に思う会社が本気で粗探しに出た時、容易く暴かれるだろう。
どういった経緯で、方法で、西原がまひるの父親を特定したかは分からない。或いは婚約者の交友関係でも探ろうと、その手の専門家に依頼したのか。学祭で顔を合わせた時、まひるは西原から不穏な感情を察知した。甚だ時代遅れな感覚を持っていよう西原が、まさかのはなと同性の少女に悋気するとは考え難いが、数分前も、彼はまひるに縋るのはなの腕をねめつけていた。
「そこでご相談です。実は最近、我が社の父が取引を願っている先方がありまして。良い返事をもらえませんので、接待にご協力いただけませんか」
「私が協力したところで、状況は変わらないと思いますが」
「いえいえ、ある程度の容姿の女性であれば誰にでも可能な接待です。俺は、のはなや清水さんのような趣味は理解し難いですが、あすこの理事長は女性の服装にさほどこだわりがないようですから」