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自由という欠落
第8章 痛みと親愛


 西原の会社が所望する通りに話がまとまれば、まひるの父親の債務を肩代わりする。


 まひるを引き留めてまで西原が持ちかけた話は、概ねこうした内容だった。




 
 夜間も止まない電話音、狂気じみたインターホン、督促状。逆上しては家族に金をせびりこそすれ離職を繰り返す父親に、暴力に嬲られるようにして、正気をなくしていく母親。…………


 のはなのような身の上に憧憬したことはない。ただ、当たり前に家族が笑い合って、夜は安らかな眠りに就いて、時には悩みや苦しみに打ちひしがれることはあっても、やはり穏やかな朝を迎える。ありふれた日常であれば、そこら中に溢れ返っているのではないか。ひと握りの人間だけが、そのありふれたものにありつけない。極めて確率の低い外れ籤。



 前述のような甘い話は、あり得ない。婚約者想いの青年が、のはなの友人であるまひるを相手に、彼にとっては割りに合わない報酬を約束しようと決めた可能性を考えるにしても、無理がある。



 目的の読めない陥穽だと分かりながら、まひるは野田という男の滞在先を受け取った。


 メモに従って駅を出ると、ほぼ直通の立地に、豪奢な存在感を放ったホテルが聳えていた。フォーマルな服装に身を包んだ客達が出入りしている。
 エントランスに踏み込むと、いかにも自身の人生を芸術品か何かでも愛でる風に満足している種類の人間達が、シャンデリアの金やプラチナの炫耀を浴びて行き交っていた。
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