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自由という欠落
第8章 痛みと親愛

* * * * * * *

 食欲がないのを理由にして、のはなは早々に食卓を引き上げた。読み通り、西原は部屋に押しかけてきた。


「まひると何を話していたんですか」


 善良な婚約者の仮面を剥がすまいと、のはなは開け放った扉を背にして足を止めた。
 働き者の家政婦が、いつ通りかかるか分からない。下手に西原が怒鳴ったり手を上げたりしたとして、坂木に見つかる恐れがある。


「見ていたのか」

「彼女とは関わらないで下さい」


 西原の行動は不可解だった。
 確かにのはなは帰宅時間を計算して、丹羽に連絡を入れていた。西原が義父から聞き出したろうところまでは見当がつくが、彼がのはなを門前まで出迎えたのは初めてだった。

 華やいでいた目前の景色が、一気に色をなくした気がした。
 婚約者にいだくべき感情でないとは分かっていても、あの時、恐怖がのはなを襲った。坂木の付き添いで部屋に戻って、窓の外を見下ろすと、案の定、大きな男はのはなの友人と妙に長く対峙していた。


「お前が俺に指図するのか」

「お願い申し上げているんです。……私、親しい友達がいたことありませんでした。家族以外の他人に、自分について詳しく話したこともありません」


 のはなにとって、心陽が初めての気の置けない友人だった。まひると違って、のはな自身が最初に出逢って、自ら親しくなれた相手だ。夏を迎える時分まで、のはなの中で、まひるは西原と変わらなかった。丹羽がのはなに引き合わせた人物。

 だが、のはなはああいったかたちでまひるに出逢わなかったとしても、どこかで時間を共に過ごしていたなら、親しみたいと願ったはずだ。自分の意思で。


「だから、まひるにも私自身を見せられません。お父さんはともかく、彼女とは家族ぐるみの付き合いでもありません……ので、これからもプライベートに関わられると、友達との付き合いに不慣れな私には窮屈です」

「ああ、なるほど。俺があの小娘に、お前との惚気話でもしていたと思っているのか」

「私にそこまでの値打ちはありませんが」
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