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自由という欠落
第8章 痛みと親愛
まひると西原が長話を続けられる話題など、のはなに紐づくことくらいしか思い当たらない。
のはなの醜い内側を、まひるに知られるわけにはいかない。今はまだ、少女でいたい。せめて丹羽がのはなを見張っているようまひるに言いつけているのだろう四年間は、当たり前の友人同士でいたい。
「よほど気に入っているんだな、父親に紹介された友人を」
のはなが頷くと、丹羽が扉を乱暴に閉めた。
西原は、部屋に引きずり込んだのはなの身体を、扉横の壁に打ちつけた。肩甲骨にひびでも入ったのではないかと肝を冷やす荒々しさに、木材と金具の衝突音の余波も消えた。
「自惚れるな!!」
白眼が病的なまでに充血している。身体中から焔が横溢するのではないかといった風に小刻みに震えた男は、荒い息を立てていた。双眼をぎょろりと剥き出して、暗闇の中、鬼の形相でのはなを腕の柵に捕らえてねめつけていた。
「俺に恥をかかせるな」
「何、の……──っ、ひっっ……」
のはなの視界が明るんだ。一日かけて寒気を染み通らせた部屋は、消灯している所以もあって、冷えきっていた。それがたちまち熱を帯びた。
のはなの喉元に火が近づく。西原がライターを点けていた。
「お前に友人などいない」
「…………っ」
「身のほどもわきまえないあの小娘は、お前をどこまで心配するかな」
「あぁっ!……」
西原はのはなを寝台へ引きずっていった。シーツに投げやられたのはなの身体に、西原の重心がのしかかる。
「あの女がお前を助けようと考えると思うか。この俺に歯向かってまで」
「…………」
西原は利き手にグローブを填めると、胸ポケットからピンブローチを摘み上げた。
いつか西原を含んだ家族団欒の場で、のはなも見たことのあるピンブローチだ。金を含む合金から出来たそれは、西原が特別にオーダーした逸品らしい。一センチよりひと回り大きいダイヤ型で、四つ角に珍しい細工が施してある。
西原は上質なダイヤをライターで炙った。とりわけ上流家庭の少女にしては庶民的な金銭感覚を自負するのはなは、思わずアクセサリーを案じて顔をしかめる。
「しるしをつけてやる」
「えっ……?」
西原が何をしようとしていたか、思考した時には遅かった。