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自由という欠落
第8章 痛みと親愛

* * * * * * *

 心陽は佳乃の部屋を訪っていた。

 陽子とは、やむなく元旦に顔を合わせた。家族が数ヶ月振りに揃う場で、心陽だけ顔を出さないでいれば、後々になって面倒になる。何だかんだでのはなとの関係は変わらない、世間の失恋ほど心陽の現状は悪くないのも補翼して、陽子とはさして険悪になっていない。それでも今夜は、佳乃を相談相手に決めた。


「お帰り、心陽ちゃん。のはなちゃんとはどうだった?」

「私の顔を見るなり、挨拶みたいにはなちゃんの話しないで。佳乃さん」

「ごめんごめん。はい」


 佳乃は熱いハーブティーをテーブルに置いた。乾ききらないアクリル絵の具の匂いが、ドライラベンダーの香気と融け合って、心陽の鼻腔をもてなしていた。水に溶かしたルビーを彷彿とする色味のガチアップが、指の血行を促す。


「いただきます。……ん、酸っぱ」

「綺麗でしょ。疲労回復にも良いんだから」


 世間が新春を迎えたことに気づいているのか怪しい様子の芸術家が、酸味の強いハーブティーで喉を鳴らした。心陽達が向かい合った丸テーブルの側のイーゼルに、描きかけの絵が立てかけてあった。コンクールが近いという話は聞いていない。どこに出す絵だ。


「佳乃さんは、暮橋さんの居場所、知ってる?」

「急にどうしたの。他人が深入りしたら、ダメだよ。陽子も私も、あの子とはもう関係ないんだから」

「ううん、関係ある。お姉ちゃんが仕事でしんどくなったのは、暮橋紬さんっていう人が原因だし。私に出来ることはしたい」
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