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自由という欠落
第8章 痛みと親愛
「んっ……んぅ!」
ぺちょっ、ぢゅる、びちゃびちゃ…………じゅる……
野田の舌が、まひるの唇を抉じ開ける。無遠慮な肉は歯列をなぞって、口蓋を撫でて、まひるの舌を捕えると、唾液を絡めつけてきた。
…──何、してるんだろ。
ふっ、と、まひるの胸底より更に深い部分の何かが熱をなくした。異物が塞いでいるのが自分の唇でも、異物がまさぐっているのが自分の口内でも、さしずめ意識と身体が切り離されてしまったように、別世界の出来事を感じているだけにさえ思える。
もっぱら嫌悪を沈殿させてきた呼び水が、レースで飾ったブラウスを捲り上げていく。…………
何、してるの。
肉体が自分のものではなくなっていく。消えていく。望んでいた感覚だ。紬と同じものになっていく。
だが、この男は紬を犯した仇ではない。まひるが口づけているのは、身許も知らない赤の他人だ。紬が信用してはいけないと諭した、ただの男。
「いや…………」
「ハァッ、ハァッ……」
「やっ……ぁ!」
まひるは野田を押し返した。もがく勢いで身をよじって、執拗なキスを逃れると、掴んだ肩に力を込めた。
「貴方と、は……っ」
「やめられるか!今更無垢な真似などするな!」
「いやっっ」
ブチッッ…………
老いた手からは想像つかなかったほどの力で、野田はまひるの前身頃を引き裂いた。弾け飛んだボタンが絨毯に着地し、鈍い音を立てた。途端に激しく開いた扉が、その小音をかき消した。
野田の肩越しに、華やかな格好をしたピンク色の姫君がいた。回廊の光を背負って逆光に立つのはなの姿に、まひるは幻を見たかと思った。