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自由という欠落
第8章 痛みと親愛
のはなを許嫁と呼ぶあの青年の人物像は、今日だけで十分に分かった。
絵に描いたように穏やかだった。
のはなの生まれ育った円満な家庭には、彼女を過保護なまでに愛する両親がいた。性別という壁を超えても、のはなが添い遂げることを誓った相手がいた。
しかし西原が垣間見せていた不穏は、事実のはなを狂わせていた。
西原に怯えるくらいであれば、のはなの知らない価値観でも押しつけた方がましだ。まひるの独善で構わない。それにこの衝動は、腹立たしさだけに扇動されたものではない。
「そんなに怖かったんなら、……今更、私がのはなに何しても変わらないよね?」
「え……?」
乾いたマスカラにくっきりと描かれた睫毛の縁どる双眸が、たゆたった。のはなのわけもなく扇情的な眼差しは、数秒後、まひるの視界から消える。
「んっ、……」
のはなの唇にキスを落として、何度か角度を変えながら、薄い皮膚の弾力を確かめた。顔を離すと、のはなは目を瞠りながらも落ち着いた顔色で、まひるを見ていた。
まひるはのはなの唇に、自分の人差し指を添えた。まるでルージュを引く仕草で、今しがたキスしたあとをなぞる。もう片手は、のはなの指へ。指を撫でて手を組み繋いでは、皮膚がくるんだ骨の細さに恍惚としながら、今しがた指を這わせた場所に唇を重ねる。
「っ、はぁ」
今度はキスを深くした。唇を割って、既に開いた歯列の奥へ、舌を進ませる。のはなは拒むどころかまひるに応じた。野田に対する態度からして、まひるへの好意がのはなにこうした受動をさせているかは甄別し難いが、唾液を塗りつけてくる舌は、天衣無縫な見目からは想像つかないまでに積極的だ。