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自由という欠落
第8章 痛みと親愛





 なるべく音を立てずに扉を開けて框へ上がると、のはなは自分の部屋へ向かった。両親は寝静まっているようだ。


 安らぎきったのはなの心緒は、本来落ち着けるはずの私室を開けた瞬間、凍てた。

 総身の血液が氷点下になって、心臓に無数のひび割れが入り、血が滲み出ていく感覚。


 昨夜のはなを追おうとした、決死の思いでのはなが振りきってきた婚約者が、ピンク色の天蓋ベッドに横たわっていたのだ。
 のはなをささやかな慈悲で包んでいた寝台。丹羽が愛娘に贈った、のはなが密かにプリンセスでいられる寝台に、西原がスリッパも履いたまま膝を立てて肘をついている。


「お帰り、朝帰りとは良い度胸だな。不良にでもなったか?のはな」

「…………。ごめん、なさい……」


「こっちに来なさい。朝までまだ時間はある。何があったか、俺がじっくり調べてやろう」



 化粧を洗い落とした顔、シャンプーの香りをまとった髪。帰路でもまひるを思い出して、潤んだのはなのはしたない場所。

 弁解の余地はない。


 目の前が真っ暗になったはずののはなは、されどもう身体は震えなかった。


 まひるを守れた。見るからに天衣無縫な親友を、西原の用意した毒牙にかけずに済んだ。のはなと同じ、肉体はとっくに少女などではないにしろ、まひるは汚されてはいけない。


 昨夜のはながまひるの元へ急がなかったら、と思うと、これから受けるであろう折檻くらい易しい。







第8章 痛みと親愛──完──
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