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自由という欠落
第9章 仕掛けのない平凡


 心陽が難しそうに眉を寄せていたのか。


「お金を貯めたいの」


 佳乃はつと手を止めて、背を向けたまま呟いた。


「え?」

「まとまった貯金が必要なんだ。だからって美術の先生だと、収入には限りがあるし。部活の顧問や残業増やす……っていうのは、陽子との時間が減るし」

「旅行でも行くの?」

「ううん、結婚」


 佳乃の口振りは、旅行でも行くの、といった問いに対して、そうだ北海道へ、とでも答えたくらい軽かった。
 結婚という地名があったのかも知れない。心陽は一度考えてみたが、やはり俗称としてもそうした場所は思い当たらない。


 佳乃が真っ当なのだ。そう言えば近代、超現実主義と呼ばれた画家達も、私生活に関しては、その作風からは想像つかないごく平凡な場合が多かったらしい。


「陽子との結婚式は、いわゆるセレブ婚とはまでらいかなくても、……あの人もまだ夢を見ていたいお年頃だもん。その夢を叶えるのが恋人としての役目だし、お城みたいな会場を用意して、眩しいくらいのドレスはプレゼントしたい」

「そうかな。お姉ちゃん、そういうところはドライだけど……」

「あと仕事も辞めさせたい。 人間二人がのんびり生きていけるだけの生活を支えるには、私には商売っ気が足りなかった」

「…………」
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