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自由という欠落
第9章 仕掛けのない平凡
年末、心陽が問い詰めてからというもの、陽子は悪びれもなく本性を見せるようになった。本性ではない。ネジの外れた胸の内を隠しきれなくなったのか。
他人の運気など当てに出来ない。縁起物など今の心陽には必要ないはずなのに、姉の陽子の幸福は確かめたい。
この世に幸福というものが存在するなら、まず姉が証明してみせ、妹の手本になるべきではないか。真摯な佳乃にも申し訳がない。
陽子の心の仇を討つには、やはり心陽が、不幸の元凶に制裁を加えるべきだ。佳乃から強引に引き出した、教職員が絶対に漏洩させてはならない個人情報を握って、暮橋紬という少女の実家にも通っている。紬の家族達は案の定、心陽が信用に値しないのか、本人の居場所を未だ隠している。しかし彼女とは歳も僅か一つ差だ、友人と自称して熱心に通えば、いつか彼らも折れると信じる。
「ところで、心陽ちゃんの悩み相談は?話があって来たんだよね」
「うーん……そうなんだけど。その前にお菓子くれない?」
「もう。今はハロウィンじゃないんだよ」
難しいことを考えていると、体内の糖度が急低下した。
仕方のない妹のわがままでも聞く顔で、佳乃が冷蔵庫を開ける後ろ姿に目を遣りながら、心陽は昼間の匂いを思い出していた。
のはなの匂い。むん、と、蒸せたような弱酸性の匂いは、脳が痺れそうに甘かった。
あの味にありつけないのだから、見かけによらず律儀に佳乃が常備しているケーキを口に含んでも、誰も心陽に文句は言うまい。