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自由という欠落
第9章 仕掛けのない平凡
パートナーが恋愛感情だけで選べるのであれば、性別の壁を越えた異性同士も、こうも不自然なまでの比率で指輪を交わすことはなかったろう。おそらく世のヘテロセクシャルに見えている人口の半分は、生活に安定性を最重視した、且つ社会的な優遇にありつけなかったセクシャルマイノリティの人間だ。
「私は佳乃が失業しても、酒狂いになっても、愛する自信があるけどね。生活に不自由したら、森にテントを張って二人で暮らすわ」
「岸田先生に限って、それはないかと……」
「まず、まひるちゃんは親を見限ってみれば」
「…………」
「お父さんに対応している情熱があるなら、のはなさんに世話を焼けるでしょ。働きもしないでお金を要求してくるとか、自分の借金取りのクレームで家族に迷惑かけてくるとか、そういう親に取り合っていたら、本当に不幸になるわよ。」
教師が生徒の家庭の事情にまで口を挟んで良い結果を招くことは、少ない。
それが陽子は、まひるがとっくに卒業しているのを良いことに、主観ばかりの持論を並べた。
金銭の剥奪は一種の家庭内暴力だの、母親が父親と二人きりになりたくないからまひるを手放したくないと主張するなら弁護士を雇って離婚すれば解決するだの、知らない内に負債の保証人に据えられていた知人の娘を知っているから気をつけろだの、あくまで友人が友人にアドバイスしている調子だ。もっとも、ここまで他人に干渉出来よう人物は、友人の乏しいまひるには、心陽くらいしか思いつかない。そう言えば陽子の妹だ。
「もっとも、まひるちゃんが別の人を好きなら話は別よ」
「……はい、……」
「そんなまひるちゃんも、やっぱり平凡な凡人なのよね」
「…………」
「平凡な女二人が、ただ平凡に生きていく。それって色んな数式に比べたら、遥かに簡単で単純なことだわ」
結局、陽子は恵まれているのだと思う。
他人と添い遂げることを決意して、他人を絶望させた人間を間近に見てきたまひるには、彼女のようには考えられない。
例えばまひるの父親のように、一時的な愛や私欲で一人の女と苗字の共有を決めたとする。その女は、自身の羽根を使ってさえ、逃げ出せなくなってしまうのだ。