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自由という欠落
第9章 仕掛けのない平凡
紬の実家には、母と祖母が住んでいた。
佳乃の話によると、中学校に通っていた時分は父親がいて、祖母を抜いた親子三人暮らしだったという。今の家族構成になった経緯に関して、おおよその予想はつく。
「こんにちは」
「あらぁ、また来てくれたの」
インターホンに応じたのは、ともすれば紬の叔母と自称していても頷けるほど溌剌とした、家族に似て目鼻立ちのはっきりとした祖母だった。小走りで軒先に出てこられるだけ、肉体も若く身軽だ。
人の良さそうな顔つきの女の目尻は、心陽を見るや、淡い皺を刻んだ。
「何度もすみません。どうしても、友達として心配で……。紬さんが無事だというのは、岸田先生から聞いています」
「ええ、ええ。あの美術の先生ね。あの先生は良くしてくれたわ、担任の先生が少し頼りなかったでしょう、私達もあの先生にだけは……と思って、あの子の退学手続きをとる前に、色々お話をさせて頂いておいたのよ」
「でしたら、私にも。とてもお世話になっていた先輩なんです。会いたいです」
自分の口調が芝居がかっていないか、まひるであれば危惧する必要もないのだろう。心陽の頭の片隅に、いつでも恋愛話には乗り気でなかった友人の顔がよぎった。
罪悪感に屈してはいけない。これは紬の居場所を聞き出すために、躊躇っては負ける手段だ。
いつもは母親が応じるか、或いは祖母より先に出るかして、おそらく気性の強い彼女は断固として娘に関する話をしない。それが今は、紬の守り人は不在と見える。
いける、と、心陽は予感していた。