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自由という欠落
第9章 仕掛けのない平凡
中身がない、と思った。大人達に評判は良かったのだろう優等生は、がらんどうだったのではないか。その笑顔はさしずめ能面。
紬は今も笑っているのに、その朗らかさは、他人と関わらねばならない一定時間をやりすごすための最も安易な扞禦ともとれる。心陽に何でも話すのに、その記憶は事実であって、今や彼女の現実ではあるまい。
「彼女、どうしてるかな。私と違って幸せになってるだろうな」
幸せになっているはずないだろう。貴女に見捨てられたのに。
悔しいなら私に助けを請ってでもみろ。
熱い紅茶を喉に流し込んでいた所以か。心陽に、胃の奥が燃えるような熱の蠢く悪感が迫る。
初対面の女に共感だの同情だのを持つのは容易ではない。彼女の事件は許し難いのに、彼女のために怒るには、心陽は陽子とまひるを知りすぎている。
「……貴女も、不幸から引きずり出してあげようか」
「どういうこと」
紬の声色が変わった。
淡い色をまとったシャボン玉のようにふわふわと揺れていた周囲の空気が、急に凍ったようだった。一本の糸が、たゆみをなくす。
「犯人の名前、教えて。ブタ箱にぶち込むから」
「何言ってるの、そんな……」
紬の目に、警戒心が戻った。疫病神に怯えでもする気色が、心陽に敵愾心を向ける。
心陽は怯まない。自分の人生に関わる所以もなかった家族の家の敷居も跨いだし、今日まで面識のなかった少女の住居に踏み入りもした。今更、誤魔化すこともない。興味本位で姉の元教え子を訪ねてきたのではない目的を、包み隠さず打ち明けた。
紬は、ようやっと肩の力を抜いたように息をつくと、能面の笑顔を外して、わなわなと腕を抱いた。