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自由という欠落
第9章 仕掛けのない平凡
「もう関わりたくない。証拠もないのに、掘り起こさないで。恐ろしい動画を撮られたの。私は狂ったことにしておとなしくしていないと、最悪、ばら撒かれる」
「もうデータないでしょ。ほんとにばら撒く気だったなら、とっくにされてるよ」
「騙された私が悪い、それで良いでしょ。従兄弟の家に一人で行って……どうせ無防備な格好でもしていたんだって指差されて、私に敵が増えるだけ」
「私は紬さんが悪いなんて思わなかった」
「子供が犯罪に巻き込まれた時、周りは大抵、どんな反応をする?まず被害者の粗探しをして、どうやっていたら防げたか、自衛出来たか、落ち度が見つかれば喜んでネタにしたがる」
「そうかもね。夜に化粧して出歩いていたとか、短いスカートを履いていたとか。私も事件に巻き込まれたらアドバイスをもらうだろうし、その時は言うこと聞くつもり」
もっとも、心陽は自分が女として防犯するのであれば、犯人は性器を切断すべきだと考えている。他のペニスをぶら下げている人間も、同様だ。女がスカートを履いて犯罪が起きるのであれば、男は手指や挿入器を生やしているから犯罪が起きる。
紬は呆れた顔を歪めて、空になったカップを流し台に運んで行った。
ティーセットを洗う間、紬は一度も口を開かなかった。久しい同年代の話し相手に、心を閉ざした意思表示か。心陽の本心を本心ともとらないで、話にもならない、諧謔だとでも誤解したのだ。
帰り際、心陽はまた来訪したい意思を告げた。紬は二度と来るなと答えた。あくまで柔和な受け答えは、心陽が無縁としてきた泣き寝入りの態度そのものだ。
心底、心陽が煩わしかったのだろう。紬は最後の情報を、招かれざる客に与えた。
「私に暴力した男の主犯は、見たこともないあの大人だと思う」
「大人……?」
佳乃は、主犯は紬の従兄弟だと話していた。彼女の母親は話にならないし、祖母の方も、嫁入り前の娘に関してあまり深入りしないでくれ、などと狂気じみた黙秘を主張していた所以、初耳だった。
第9章 仕掛けのない平凡──完──