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自由という欠落
第10章 貴女という補い

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 それまでアイリスなど気にも留めなかったが、こうも清らかではなかった気がする。
 ホワイトイリス、つまりアイリスの中でも白だけがキーフラワーとなったコスメは、二日前から同じ屋根の下で暮らしている少女のために作られたものではないかとさえ思う。


 月曜日の朝、佳乃は洋服を選びながら、クローゼットの鏡越しに、リビングで身支度を進めるまひるを見ていた。春休みだというのに、これから出勤の佳乃と同じくらいに起きている。


 年が明けてまもなくしてから、陽子がしきりと元生徒を気にかけるようになっていた。以前からも交流はあった、おそらく佳乃が知らないだけで、あの面倒見の良い教師の鑑と、学生の手本のような少女の贔屓の対象だったまひるは、別懇の間柄だったと想像がつく。

 ホワイトイリスがあどけなく香る瓶入りコスメは、後輩の教員達も数人が話題にしていた人気シリーズの商品なだけに、佳乃でも知っている。貴女を大切にします。そうした花言葉に因んで、きららかなホワイトのジェリーカラーは、まひるに選んだものだとしても、陽子らしからぬ煌びやかさだ。クリスマスにネックレスを貰ったらしい。陽子はそれを気に病んでいて、お礼とばかりに、先日のまひるの誕生日に贈ったらしい。

 恋人が別の女とプレゼントを交換していたところで、悋気はない。
 佳乃はまひるの実家がこじれているのを知っているし、事実、父親は娘の誕生日も失念して、 そればかりか深夜に訪問した取り立て屋に対応しろと命じるような人間だ。その手の業者の社員の方が、良心的だ。一昨日も、彼らは負債責任者の娘には見向きもしないで、ずかずか部屋に入っていくと、就寝していた父親を叩き起こしてどやした。母親は一人タクシーを呼んで、祖母のいる実家へ帰っていった。 まひるは、気がつくと陽子にLINEを送っていたらしい。陽子は一夜だけ眠る場所を提供して欲しかったらしい元生徒の家へ駆けつけて、手早く荷物をまとめさせた。父親との悶着はなかった。業者を追い返した疲弊からかだらしなく鼾をかいており、思い出したように泣き出したまひるの手を引いて出てきたという。
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