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自由という欠落
第10章 貴女という補い
* * * * * * *
心陽が訪問を重ねる度に、紬は痩せていく。
いつものごとく疫病神をねめつける目で客を迎え入れて、やはり紬は儀礼的に紅茶を淹れる。炊事場に食材が見当たらないのに気がついたのは、最近だ。まひるも心陽からすれば羨むくらいの体型にせよ、単に肉づきに無駄のないだけの彼女とは違う、紬は意図して命を細めようと努めてでもいる感じだ。
もっとも、心陽がマカロンを差し入れた時、紬は母や医師による食事の強要で足りているからと、大抵の女子であれば目を輝かせるスイーツを突き返したところからして、栄養面は見かけほど深刻でもなかったらしい。
「貴女、暇なの?」
「お邪魔します」
「私は食事もしているし、散歩もしている。人間のお節介が醜いって、何故分からないのかしら」
この日、コートの下に春先のワンピースを覗かせた紬はモスグリーンのブーツを履いて、客人の脇をすり抜けた。心陽も彼女を追って軒先を出る。
紬は山へ入っていった。
道が整備されていただけに、心陽も特に心配しないで彼女に従いながら、唯一、ベロアリボンが踵を飾ったヒールのパンプスを履いていたことだけを悔いた。
枯れ木の密生した山道は、枯葉が足場を埋め尽くしていた。かつて植物や虫の抜け殻だったろうものが散在し、青々と多年草が這っている。どこからか風の音が通り過ぎていく。しとりを含んだ土の匂いが心陽の頰をからかった。紬はぎこちなく横目を使って、心陽が転ばないかを見ている風だ。
やがて拓けた平地に出た。
あっ、と心陽は声を上げる。
背の低い柵が囲った広場は、さっき心陽達の歩いていた田舎道が見下ろせた。町は存外に広かった。遠ざかった集合住宅は玩具に見えて、古びた売店、スーパー、煙草屋が看板を立てている。小屋が畑を中心にして点在してる。山を背にして、地図にも載らないくらいの泉が昼間の光を弾いていた。澄んだ水を浮かべた川沿いの並木は、あと二ヶ月も経てば見事な薄紅をまとうのだろう。