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自由という欠落
第10章 貴女という補い
紬が白い丸襟コートを脱いだところまでは、寒風が彼女を凍てつかせないかと焦燥しただけだった。
彼女が何故コートを脱いだか、心陽が測りかねていると、ファスナーの下りる音がした。紬は自分の肩を保護していた布を掴んで、後ろ身頃ごとワンピースを手前に引く。ブラジャーの肩紐と、煌めくような素肌がむき出た。心陽の伸ばした制止の手も振り払って、紬は上体を冬空に晒した。
着痩せしていたのではなかった。紬は本当に貧相だった。肩の骨はなおざりに皮膚を被せているだけで、二の腕は折れそうに細い。だのに表皮の白さは新雪のごとくまばゆく、自然光を吸った薄い肉は、誘惑的な少女の匂いを撒いている。
乳房に奇妙な痣があった。痣にしては整っている。
「やっぱり、ここに目が行くでしょ」
紬は乳房を見下ろして、しおらしい顔を歪めた。
「カウンセリングを受けても、仮に記憶を消してもらっても、私は変われない。ううん、戻れない。私の身体が私のものだった頃にはね」
「何なの、それ」
「なのに自分で深く切れないなんて、ね。切ってると落ち着くのに。私が私を私の好きに扱える証拠。他人じゃなくて、自分で自分を傷つけられる自由が、今の私の幸せかも」
左右対称に置かれたダイヤ型も、腕の包帯から覗く赤い線も、見ていて身体のどこかがヒリヒリとするのは同じだ。
しかし紬は違う。腕の傷は安らかな顔で眺める反面、乳房の痣は直視もおぞましいようだ。