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自由という欠落
第10章 貴女という補い
* * * * * * *
河内という数学教師がぱっとしない評判らしいのは、おそらく内気が原因だ。
内気、つまり口数が少ない。これが多感な学生であれば多少は配慮の対象になるのに対して、大人が消極的であれば、あらゆる場面で不利を招く。
河合が陽子を昼餉に誘うに至ったのも、彼女の人となりにおける弱点が原因だった。
生徒達が授業を聞かない。成績が伸びない。どうすれば良いか。
陽子は、初めて後輩の相談相手とやらを務めていた。
「私を相談相手に選ぶなんて。河合さんは本当に内気なんですね」
「えっ、……まぁ、そうかも知れません……」
「私が頼んであげます。だから、こんなところで貴女よりポンコツの私を見下して安心していないで、ちゃんとベテランの、参考になる先生に意見を伺って下さい」
「あ、それは誤解です。私は山本先生を見下したことありません。私が内気なのは認めますけど、山本先生に声をかけるのだって、勇気を出したんですよ」
四限目まで使用されていた調理室は、甘い匂いが染み込んでいた。コンビニエンスストアの弁当も、匂いのせいで、スイーツでもつついている気分になる。
ガラス張りの戸口から、春隣の裏庭が見えていた。冷凍庫にも見える外の世界は、間違っても昼餉は広げたくないほどなのに、この時期でも休み時間は、たまに生徒らの姿を見る。若さとは冬の寒気もものともしない。とりわけ仲の良い女子同士にとって、身を寄せ合い震える行為は、暖房器具に匹儔するものでもあるのか。
陽子はカーテンを閉めた。
「有り難うございます」
「ううん、見てるだけで寒そうだったから」
見ていたくない、とは言えなかった。
陽子は、かつてこの近くの一角から、二人の女子生徒らを盗み見ていた。