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自由という欠落
第10章 貴女という補い

男の手が自分の腕を掴んで引きずらんとする力に抵抗する中で、心陽はつと考えた。
何を原動力に、西原はこうも熱くなれるのか。もしや心底のはなを愛してでもいるのか。加虐な嗜好が凶器になったというだけで。
いずれにせよ、愛を根拠にぼうぞうな行いまで許されては、堪らない。
「くっ……しつこい……」
「はなっ……せ!!」
心陽は西原を振り切ると、スマートフォンのレンズを向けた。カメラアプリのシャッターを切る。
「あんたは訴える」
「勘違いしないで頂きたい。貴女は、のはなのご友人ですか。俺は婚約者の──…」
にわかに携帯電話が鳴った。
西原がキャビネットへ急いだ隙に、心陽はバスルームへ駆け込んだ。洗面台から剃刀をひったくってきて、のはなを拘束していたロープに切り目を入れる。頑丈なロープはなかなか切れない。二本目の刃が使い物にならなくなる寸前に、ようやっとのはなの自由が戻った。
のはなは憔悴しきっていた。振動音は、馬の背に生えていた二本の突起が奏でていたものだった。赤い糸の混じった粘液が付着している。心陽がその場にくずおれていったのはなを抱き支えると、寒々しい肢体が急に生気を取り戻したようにして震え出した。
「はるちゃん……うぅ……」
携帯電話を片手に話し込んでいた西原は、神妙な面持ちだ。深刻な用件らしい。初めはのはなにも聞かさなかろう穏やかな口調で部下を相手にしていた西原は、しかし徐々に本性をむき出しにしていった。やがて切迫した剣幕で何かまくし立てると通話を切って、「覚えておけ」とのはなに一言吐き捨てた。
そうしてコートを掴み上げた西原は、開け放った扉の向こうへ消えた。

